帰還したプロダクト開発経験を形式知に変える:普遍的教訓の抽出と組織貢献への繋げ方
経験からの「帰還」を価値ある「貢献」へ
日々のプロダクト開発業務に深く携わる中で、私たちは数え切れないほどの経験を積み重ねています。成功もあれば、予期せぬ失敗もあります。これらの経験は、貴重な学びの宝庫です。しかし、多忙な業務に追われる中で、その学びが個人的な感覚や記憶の中に留まり、十分に活かしきれていないと感じる方もいらっしゃるかもしれません。
ヒーローズジャーニーにおいて、「帰還」フェーズは、冒険を通じて得た「秘薬」や「宝」を持ち帰り、元の世界をより良くするために活用する重要な段階です。ビジネスにおける私たちの経験も、まさにこの「宝」に他なりません。いかにして、この個人的な「宝」、すなわち「経験知」を、組織全体の資産である「形式知」へと昇華させ、多忙な中でも効率的に組織や社会への「貢献」、そして自己のリーダーシップ強化に繋げていくか。この記事では、その具体的なアプローチについて考えていきます。
経験知を形式知化する意義
経験知とは、個人の体験を通じて体得される、言語化しにくい知識やスキル、直感などを指します。一方、形式知とは、マニュアルやデータ、論文のように、言葉や図などで表現され、他者と共有可能な知識のことです。
経験知を形式知化することには、多くのメリットがあります。
- 組織全体の学習と成長: 個人の成功・失敗から得られた教訓を組織内で共有することで、他のメンバーが同じ轍を踏むことを避けたり、成功パターンを再現したりできるようになります。これは組織全体の技術力や問題解決能力の向上に直結します。
- 人材育成の効率化: 形式知化された知識は、新人教育やメンバーのスキルアップ研修に活用しやすくなります。属人的な知識ではなく、体系化された知識として伝えられるため、効率的かつ均質的な学習が可能になります。
- 意思決定の質の向上: 過去の経験から抽出された普遍的な教訓は、新たな課題や意思決定に直面した際の重要な示唆を与えてくれます。属人的な判断ではなく、根拠に基づいた判断を促す基盤となります。
- 自己の成長とリーダーシップ強化: 自身の経験を振り返り、言語化するプロセス自体が、自己理解を深め、思考を整理することにつながります。また、形式知として他者に伝える活動は、コミュニケーション能力や指導力を養い、リーダーシップの影響力を高める機会となります。
経験知を形式知化するための具体的なステップ
多忙なITリーダーが、自身のプロダクト開発経験から普遍的な教訓を抽出し、形式知化するための具体的なステップを以下に示します。
1. 経験の棚卸しと「宝」の特定
まず、過去のプロジェクトや開発において、特に印象的だった成功体験や失敗体験を具体的に書き出してみましょう。箇条書きでも構いません。重要なのは、感情的な側面だけでなく、何が起こったのか、なぜそうなったのか、その結果どうなったのか、という事実に基づいた記述を心がけることです。
この段階では、まだ形式知化を意識しすぎず、まずは「宝」となる可能性のある経験を特定することが重要です。
- 例: 新機能リリースの遅延、特定の技術選定の成功、チーム間のコミュニケーション不和、顧客からの予想外のフィードバックなど
2. 普遍的教訓の抽出
次に、棚卸しした個別の経験から、より汎用的で普遍的な教訓や原則を抽出します。なぜ成功したのか?なぜ失敗したのか?そこから何を学ぶべきか?を深掘りします。このプロセスは、「5 Whys」(なぜを5回繰り返す)のような思考法が役立つことがあります。
単なる技術的な問題だけでなく、チームワーク、コミュニケーション、意思決定プロセス、リスク管理、顧客理解など、様々な側面から教訓を引き出すことを意識します。これは、特定の技術に依存しない、リーダーシップに関わる普遍的な洞察につながります。
- 例: 「この技術はキャッチアップコストが高いが、長期的な保守性は高い」「仕様変更の頻度が高いプロジェクトでは、アジャイルな開発プロセスが有効である」「チーム内の心理的安全性が低いと、問題が早期に発見されにくい」「困難な意思決定は、関係者間の透明性の高い情報共有が鍵となる」など
3. 構造化と言語化
抽出した普遍的な教訓を、他者が理解しやすいように構造化し、明確な言葉で表現します。以下の要素を含めると、より伝わりやすくなります。
- 教訓のタイトル: 内容を簡潔に表すタイトル。
- 背景: どのような状況、プロジェクトで得られた教訓か。
- 具体的な出来事/課題: 教訓を得るきっかけとなった具体的な事実。
- 教訓の内容: そこから何を学んだのか、どのような原則や洞察が得られたのか。
- 示唆/応用: この教訓をどのように活かすべきか、他の状況でどのように応用できるか。
4. 共有可能な形式への落とし込み
最後に、構造化・言語化された形式知を、実際に組織内で共有するための形式に整えます。多忙な中でも取り組みやすい、いくつかの形式が考えられます。
- ドキュメント: Wiki、社内ナレッジベース、ブログ記事、レポートなど。非同期で多くの人に情報を伝えることができます。
- プレゼンテーション/勉強会: 短時間で要点を共有し、質疑応答を通じて理解を深めることができます。ランチタイムや終業前など、隙間時間を活用することも有効です。
- メンタリング/1on1: 個別具体的な状況に合わせて、経験知を直接伝える機会です。
- テンプレート/チェックリスト: 経験から得られた知見を、具体的な行動に直結するツールとして形式知化する方法です。
多忙な中でも形式知化を進めるコツ
IT部門のリーダーは非常に多忙です。その中で形式知化の時間を捻出するには、工夫が必要です。
- 短い時間で区切る: まとまった時間を確保するのが難しい場合は、15分や30分といった短い時間を定期的に確保し、少しずつ形式知化を進めます。電車での移動時間や待ち時間なども活用できます。
- 経験直後に記録する: 経験から得られた教訓は、時間が経つと薄れてしまいます。印象的な出来事があった直後に、簡単なメモやボイスレコーダーなどで記録を残す習慣をつけましょう。
- フレームワークを活用する: 「Keep/Problem/Try」(KPT)や「STARメソッド」(状況 Situation, 課題 Task, 行動 Action, 結果 Result)など、経験を構造的に振り返るための既存のフレームワークを活用すると、効率的に教訓を抽出できます。
- チームを巻き込む: 形式知化は一人で行う必要はありません。チームでの振り返り(レトロスペクティブ)の時間を活用したり、メンバーに経験の棚卸しを促したりすることで、集合知として形式知を蓄積できます。
- 完璧を目指さない: 最初から完璧なドキュメントを作成しようとせず、まずは最低限の情報を記録することから始めます。必要に応じて、後から加筆修正していけば良いのです。
形式知化を通じた貢献とリーダーシップ強化
形式知化は、単に知識を整理するだけでなく、組織や社会への貢献、そして自身のリーダーシップ強化に直結する行為です。
- 組織への貢献: 形式知は組織全体の学習能力を高め、プロダクト開発の質を向上させます。それは、より良いプロダクトやサービスとして、最終的には顧客や社会への貢献へと繋がります。
- 社会への貢献: 形式知の一部を社外の技術カンファレンスでの発表やブログ記事として共有することで、ITコミュニティ全体の発展に貢献することも可能です。自身の経験が、他の技術者やリーダーの学びとなる可能性があります。
- リーダーシップ強化: 経験を普遍的な教訓として言語化し、他者に伝えるプロセスは、自身の思考を整理し、価値観を明確にします。また、形式知を通じて組織の成長に貢献する姿勢は、リーダーとしての信頼と影響力を高めます。これは、ヒーローズジャーニーにおける「帰還」したヒーローが、その知恵と力で共同体をより良くすることと重なります。
まとめ:経験を「宝」に変え、循環させる
プロダクト開発の現場で積み重ねた経験は、あなたにとってかけがえのない「宝」です。この「宝」を個人の記憶に留めるだけでなく、意識的に形式知化し、組織や社会と共有することで、その価値は何倍にも膨れ上がります。
忙しい日々の中で新たな活動を始めるのは容易ではありません。しかし、ご紹介したような短い時間での取り組みや、既存のフレームワーク活用など、小さな一歩から始めることは可能です。あなたの経験から抽出された普遍的な教訓は、組織の成長を加速させ、共に働く仲間の道を照らし、そしてあなた自身のリーダーシップをより確固たるものにしていくでしょう。
ぜひ今日から、自身の経験を「帰還」させ、形式知という形に変えて「貢献」に繋げる取り組みを始めてみてはいかがでしょうか。それが、サイト「帰還と貢献」が目指す、経験の価値を循環させるリーダーシップのあり方です。