経験を組織知に『帰還』させる:IT部長のための言語化と効率的な共有方法
はじめに:多忙な日々の中で埋もれがちな「経験知」
IT企業でプロダクト開発部門を率いる部長の皆様は、長年のキャリアを通じて膨大な量の経験知を蓄積されていることでしょう。成功体験、失敗からの学び、技術選定の判断基準、チームマネジメントの妙、ステークホルダーとの交渉術など、その全てが組織にとってかけがえのない資産となり得ます。
ヒーローズジャーニーに例えるなら、困難な冒険(プロジェクトやキャリアの挑戦)を終え、多くの宝物(経験知)を持って故郷(組織)に「帰還」した状態と言えるかもしれません。しかし、この貴重な宝物を故郷の人々(チームメンバーや組織全体)が理解し、活用できる形(形式知)にして分かち合う「貢献」のプロセスは、往々にして時間と労力を要します。
日々の業務に追われ、新たな冒険(プロジェクト)に次々と挑む中で、過去の経験を振り返り、体系化し、組織に還元する時間はなかなか取れないという現実があります。しかし、この「経験知の還元」こそが、組織全体の成長速度を高め、後進を育成し、自身のリーダーシップの影響力をさらに広げる鍵となります。
この記事では、多忙なIT部長が自身の『帰還』した経験知を、組織に『貢献』するための具体的な第一歩として、「言語化」し、そしてそれを「効率的に共有」するための実践的なアプローチをご紹介します。
なぜ経験知の言語化・共有が組織貢献に繋がるのか
自身の経験知を言語化し、組織に共有することは、単に個人の知識を移転するだけでなく、組織全体の能力と文化を高める上で非常に重要な意味を持ちます。
- 組織の学習能力向上と属人化防止: 特定の個人しか知らない暗黙知を形式知に変えることで、組織全体の知識レベルが底上げされます。これにより、同じ過ちの繰り返しを防ぎ、成功パターンを再現しやすくなります。また、個人の異動や離職によるリスクを低減し、組織の持続的な成長を支えます。
- 後進育成の加速: 経験に裏打ちされた生きた知識は、教科書的な情報だけでは得られない深い洞察や実践的なノウハウを含んでいます。これを共有することで、若手メンバーの成長を加速させ、チーム全体のパフォーマンス向上に貢献します。
- 自己の経験の棚卸しと深化: 経験を言語化する過程で、自身の成功や失敗の要因を改めて分析し、抽象化することができます。これは自身の学びを深め、新たな状況への応用力を高める自己啓発のプロセスでもあります。
- リーダーシップの影響力拡大: 自身の経験や学びをオープンに共有する姿勢は、チームからの信頼を高め、より良い意思決定や問題解決のための対話を促進します。自らの知見を惜しみなく提供することで、リーダーシップの影響範囲は組織全体、ひいては業界へと広がっていきます。
ヒーローズジャーニーで宝物を持ち帰った英雄が、その力を私利私欲のためでなく、共同体の繁栄のために使うように、ビジネスにおける『帰還』も、自身の経験を組織や社会の発展に『貢献』することで、その価値が最大限に発揮されるのです。
『帰還』した経験知を言語化する具体的なアプローチ
経験知の言語化は、特別な時間や労力をかけずとも、日々の業務の中に組み込むことが可能です。
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経験を分解するフレームワークの活用:
- STARメソッド: 状況(Situation)、課題(Task)、行動(Action)、結果(Result)のフレームワークは、特定の経験を構造的に整理し、言語化するのに役立ちます。成功体験、失敗体験、困難な局面を乗り越えた経験などに適用できます。
- Problem-Solution-Outcome (PSO): 解決すべき問題、それをどう解決したか、その結果どうなったか、というシンプルな流れで経験を記述します。プロダクト開発における技術的な課題解決や、プロジェクトマネジメントにおける問題対処などを整理しやすいでしょう。
- 学び・示唆の抽出: 事実や結果だけでなく、「この経験から何を学んだか」「次に活かせる示唆は何か」を意識的に言語化することが重要です。
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問いかけリストの活用:
- 「あの時、何が最も難しかったか?」
- 「なぜその技術/手法を選択したのか?」
- 「予想外だったことは何か、それはなぜ起きたのか?」
- 「あの失敗から何を学ぶべきだったか?」
- 「成功の鍵となった要因は何だったか?」
- 「もしもう一度同じ状況になったら、どうするか?」 このような問いを自身に投げかけることで、経験の奥に隠れた洞察を引き出すことができます。
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短時間で言語化する習慣:
- 日々の振り返りメモ: その日、その週で特に印象に残った出来事や学びを、箇条書きで良いので短くメモする習慣をつける。タスク管理ツールのメモ欄や、シンプルなテキストファイルでも十分です。
- 議事録や報告書の活用: 会議の議事録や週次報告、プロジェクト報告書などに、単なる事実だけでなく、そこから得られた学びや課題意識、今後の示唆などを追記する。
言語化した経験知を効率的に組織に『貢献』する共有方法
言語化した経験知は、共有して初めて組織の資産となります。忙しい中でも効果的に共有するための方法をいくつかご紹介します。
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ドキュメント化とナレッジベースの活用:
- 言語化した経験知を、組織内のWiki (Confluence, Notionなど) やドキュメント共有ツールに投稿します。
- 完璧なドキュメントを目指すのではなく、まずは要点だけでも書き出し、後から加筆・修正していくスタイルが良いでしょう。
- 技術的な知見であれば、コードスニペットや設計図の例を含めると理解が深まります。非技術的な知見であれば、当時の状況や登場人物(匿名化して)を含めると、背景が分かりやすくなります。
- 「失敗事例集」「技術判断の理由」「〇〇プロジェクトの教訓」といったテーマ別のページを作成し、蓄積していくと、後から探しやすくなります。
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短い共有セッションの実施:
- ランチタイムやチームミーティングの冒頭で、5分程度のショートセッションを実施する。特定の経験や学びについて簡潔に発表します。
- 「ライトニングトーク」形式で、気軽に発表・共有する文化を醸成する。
- 特定のテーマについて、過去の経験者が集まって非公式な座談会を開くのも効果的です。
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非同期コミュニケーションの活用:
- チャットツール(Slack, Teamsなど)の特定のチャンネルで、経験に基づいた知見や参考になる記事などを共有する。
- スレッド機能を活用して、関連する議論を深めます。
- 短い動画や音声メッセージで、手軽に知見を共有することも可能です。
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メンタリングや1on1での個別共有:
- 特定のメンバーに対して、彼らが直面している課題に関連する自身の経験を個別に共有する。
- 一方的に話すのではなく、相手の状況を聞き、問いかけながら、自身の経験がどのように参考になるかを共に考える形式が効果的です。
多忙な中でも「帰還と貢献」を継続するためのコツ
「時間がない」という課題は常に存在します。その中で経験知の還元を継続するためには、意識的な工夫が必要です。
- 習慣化とルーチンへの組み込み:
- 週に一度、15分でも良いので「経験知の棚卸し・言語化」のための時間を確保する。
- 特定の会議の後には必ず「学び」を言語化してメモする、といったルールを決める。
- これらの活動をカレンダーにブロックするなど、意識的に時間を確保します。
- 完璧を目指さない:
- いきなり網羅的で完璧なドキュメントを作成しようとせず、まずは断片的でも良いので書き出したり、短い共有から始めます。
- 『帰還』した宝物は、磨き上げる前にまずは「存在を示す」ことが大切です。
- チームメンバーを巻き込む:
- ドキュメント作成を共同で行ったり、他のメンバーにも経験の共有を促したりします。双方向のやり取りの中で、より深い知見が生まれることもあります。
- 「あなたの経験から何を学んだ?」と問いかけることで、メンバー自身の言語化も促せます。
- 目的意識を明確に持つ:
- 何のためにこの活動を行うのか(組織全体のレベルアップ、後進育成、自身の成長など)を常に意識することで、モチベーションを維持できます。
- ヒーローズジャーニーにおいて、英雄が共同体のために宝物を使う決意をするように、組織や社会への『貢献』という大義を心に留めておくことが、継続の力となります。
結論:経験知の還元は、未来への投資であり、リーダーシップの証
IT部長の皆様が長年培ってこられた経験知は、何物にも代えがたい価値を持っています。それを自身の内に留めておくだけでなく、言語化し、組織全体に『貢献』することは、組織の成長を加速させ、属人化を防ぎ、後進を力強く育てるための最も有効な手段の一つです。
そして、この経験知の還元プロセスは、自身の学びを再確認し、体系化する自己啓発の機会でもあります。多忙な日々の中での実践は容易ではありませんが、ご紹介したような具体的な方法や習慣化のコツを取り入れ、『帰還』した宝物を未来への投資として活用していくことで、リーダーシップはさらに強固なものとなるでしょう。
『帰還と貢献』の旅は続きます。自身の経験から得た知見を、組織そして社会へと還元する歩みを、今日から始めてみてはいかがでしょうか。