忙しいITリーダーのための「日常の帰還」習慣:経験知還元とリーダーシップ強化への繋げ方
はじめに:日常業務に埋もれる経験知
日々のプロダクト開発やチームマネジメントに追われる中で、私たちは数多くの貴重な経験を積んでいます。成功体験から得られる自信やノウハウ、あるいは困難な局面や失敗から学ぶ教訓など、これらはリーダーとしての成長や組織への貢献にとって非常に重要な財産です。
しかしながら、多忙な日々の中では、得られた経験や学びをじっくりと振り返り、体系化し、次に活かすための時間を見つけることが難しいと感じている方も多いのではないでしょうか。大きなプロジェクトの節目で一度立ち止まることはあっても、日常業務の中で継続的に学びを「帰還」させ、それを組織や自身のリーダーシップ強化に繋げる方法が見えにくい、あるいは実践できていないという状況もよく耳にします。
本記事では、ヒーローズジャーニーにおける冒険からの「帰還」を、日々の業務における経験からの学びの持ち帰りとして捉え直し、それを効率的に組織への「貢献」や自身のリーダーシップ強化に繋げるための「日常の帰還」習慣に焦点を当てます。多忙なITリーダーが実践できる、具体的で効率的なアプローチをご紹介します。
なぜ「日常の帰還」が重要なのか
私たちの成長や影響力の拡大は、大きな成果や壮大な冒険からだけ生まれるものではありません。日々の小さな成功や課題、他者とのやり取りの中にも、学びの種は無数に存在します。これらの「小さな経験」から意識的に学びを抽出し、「日常へと帰還」させるプロセスは、以下のようなメリットをもたらします。
- 経験知の定着と汎用化: 経験した直後に短い時間でも振り返ることで、記憶が鮮明なうちに学びを言語化・記録できます。これにより、単なる体験で終わらせず、他の状況でも応用可能な教訓として定着させやすくなります。
- 継続的な自己成長: 定期的な振り返りは、自身の強みや弱み、思考や行動のパターンを客観的に把握する機会を与えます。これにより、意識的に改善に取り組むことができ、持続的な自己啓発に繋がります。
- 組織貢献の機会創出: 日々の業務で得られた知見や気づきは、他のチームメンバーや組織全体にとっても有益である可能性があります。小さな学びを即座に共有することで、組織全体の知識レベル向上や課題解決に貢献できます。
- リーダーシップの影響力強化: 自身の経験から得た普遍的な教訓を言語化し、共有する行為そのものがリーダーシップの発揮です。また、自己理解が進むことで、メンバーへの効果的なフィードバックや適切な意思決定が可能になります。
「日常の帰還」を習慣化するための実践的なアプローチ
「時間がない」という課題を乗り越えるためには、特別な時間を確保するのではなく、既存の業務フローの中に「帰還」の機会を組み込むことが有効です。
1. 短時間でのフォーカスリフレクション
長時間のふりかえりが難しければ、短時間で特定の側面に焦点を当てたリフレクションを試みてください。
- 例:終業前の10分: その日一番うまくいったこと、あるいは課題だと感じたことを一つだけ選び、なぜそうだったのか、次にどう活かせるかを簡単にノートやデジタルツールに記録します。
- 例:特定のイベント後: 会議やコードレビューの後、そのセッションで学んだこと、気づいたことを2〜3点メモします。
2. 既存ツール・プロセスへの組み込み
現在利用しているツールやプロセスに「帰還」の要素を追加します。
- 日報・週報への項目追加: 「今週(今日)の主な学び」「次に試したいこと」「組織に共有したいこと」といった振り返り項目を設けます。
- タスク管理ツールでの活用: タスク完了時のコメント欄に、そのタスクを通して得た気づきや工夫した点を短く記載するルールを設けます。「Lessons Learned (簡易版)」のようなイメージです。
- プロジェクト管理ツールのWiki/Confluence: 特定の技術的な課題を解決した際や、新しいプロセスを試した際に、その知見を短いTipsとしてWikiに追記します。
3. 振り返りの「トリガー」を設定する
特定の行動やイベントを「振り返り」を行うためのトリガーとして意識します。
- プルリクエストのマージ後
- 重要なメールを送信した後
- 1on1セッションの後(自身の関わり方やメンバーの成長について)
- バグ対応が完了した後
このようにトリガーを設けることで、意識的に振り返りの機会を作り出すことができます。
具体的な実践例:ふりかえり手法の日常への応用
アジャイル開発で用いられるふりかえり手法の一部を日常に簡単に応用できます。
- Keep / Problem / Try (KPT) の簡易版:
- Keep(今後も続けたいこと)
- Problem(課題だと感じたこと)
- Try(次に試したいこと) この3つの視点で、日や週の出来事を1〜2点ずつ簡単にメモします。
- Good / Bad / New:
- 良かったこと
- 悪かったこと
- 新しい発見 シンプルにこれらの項目で振り返ります。
これらの手法を、デジタルノートアプリ(Evernote, OneNoteなど)や、シンプルなテキストファイル、あるいは専用のふりかえりツールなど、使い慣れたツールで実践してみてください。重要なのは、完璧な形式でなくとも、継続的に記録することです。
「日常の帰還」で得た経験知を貢献に繋げる
日常的な振り返りによって蓄積された経験知は、組織や自身のリーダーシップに還元することで、その価値を最大化できます。
組織への貢献
- 情報共有:
- チャットツールでの短い知見共有:「今日の発見:〇〇ツールのこの機能が便利でした!」など。
- 社内Wikiやナレッジベースへの追記:特定の技術Tipsや、業務効率化のコツなど。
- 朝会や週次ミーティングでのショート発表:簡単な学びや気づきをチームに共有します。
- 簡易メンタリング:
- 1on1やカジュアルな会話の中で、自身の経験から得たアドバイスを提供します。
- ペアプログラミングなどを通じて、具体的な技術や思考プロセスを伝えます。
- プロセス改善への提案:
- 日常の課題や非効率に気づいたら、改善案を記録しておき、定期的にチームや組織に提案します。
リーダーシップ強化
日々の経験から得られる教訓は、リーダーシップの質を高めるための重要な糧となります。
- 自己理解と行動改善: 自身のコミュニケーションスタイル、意思決定プロセス、チームメンバーへの関わり方などを客観的に振り返ることで、改善点が見えてきます。例えば、特定の状況で自分がどのように反応するかを記録し、より効果的な対応を模索します。
- 共感力と関係構築: 他者とのやり取りにおける自身の言動や相手の反応を振り返ることで、多様な視点を理解し、より良い関係を築くためのヒントを得られます。
- 普遍的な教訓の抽出: 特定のプロジェクトや技術的な課題解決から得られた学びを、「困難に立ち向かう姿勢」「予期せぬ問題への対応」「チームを鼓舞する方法」といった、より汎用的なリーダーシップの教訓として抽出します。
ヒーローズジャーニーにおいて、主人公は冒険で得た「秘宝」や知恵を故郷に持ち帰り、共同体に貢献します。私たちの「日常の帰還」も同様です。日々の業務という「冒険」で得た小さな「秘宝」(経験知)を、日常という「故郷」に持ち帰り、チームや組織という「共同体」に「還元」することで、リーダーとしての「影響力」という「秘宝」をさらに大きなものにすることができるのです。
「日常の帰還」を継続するためのコツ
新しい習慣を定着させるのは容易ではありません。継続のために意識したい点をいくつかご紹介します。
- 小さく始める: 最初から完璧を目指す必要はありません。1日1つの学びをメモする、週に一度だけ短いふりかえりの時間を持つなど、ハードルを低く設定します。
- 「やらないこと」を決める: 時間を確保するために、一部の非効率な業務を削減したり、断る勇気を持ったりすることも必要かもしれません。
- 記録を見返す: 記録するだけでなく、定期的に見返す時間を持つことが重要です。自身の成長を実感したり、過去の学びを現在の課題解決に活かしたりできます。
- 成果を意識する: 日常の帰還によって得られた具体的な成果(問題解決、チームメンバーの成長、自身のスキル向上など)を意識的に認識し、モチベーションに繋げます。
- 仲間と共有する: チーム内でふりかえりの習慣を共有したり、お互いの学びを共有する機会を設けたりすることで、習慣化を促進し、相乗効果を生むことができます。
まとめ:小さな「帰還」が大きな影響力に繋がる
多忙を極めるITリーダーにとって、立ち止まって自身の経験を深く振り返る時間は貴重です。しかし、大きなプロジェクトの成功や失敗だけでなく、日々の業務の中にも、学び、成長し、貢献する機会は豊富に存在します。
「日常の帰還」を習慣化することは、これらの小さな経験から効率的に経験知を抽出し、自身のリーダーシップを磨き、組織に貢献するための強力な手段となります。短時間でのリフレクション、既存ツールへの組み込み、振り返りトリガーの設定といった具体的なアプローチを試すことで、忙しい中でも持続可能な学びのサイクルを構築できます。
ヒーローズジャーニーが示すように、冒険で得た知恵や力が故郷に平和や繁栄をもたらすように、日々の業務という冒険で得たあなたの経験知は、組織に新たな価値をもたらし、あなた自身のリーダーシップをさらに高めてくれるはずです。ぜひ今日から、小さな「日常の帰還」を始めてみてください。その積み重ねが、きっと大きな影響力へと繋がっていくでしょう。